EU「炭素国境調整措置」の対象が化学へ拡大か

2022.08.01

業界コラム

EU理事会がCBAM規則案に原則合意

2022年3月15日、EU理事会は欧州委員会が発表していたCBAM(炭素国境調整措置)規則案について、若干の調整を加えたうえで一般的合意に達したことを発表した。CBAMとは、温室効果ガス排出規制の緩い国から財を輸入する際に、追加コストを課すことで生産者に製造工程の是正を促すもので、21年7月14日に欧州委員会が「Fit for 55」の一部として原案を示していた。その目的は「カーボンリーケージ」、すなわち排出規制の厳しい国から緩い国へ製造拠点が移転し、結果として温室効果ガスの排出総量が削減されない事態の回避である。

今般EU理事会が合意したCBAM規則案によれば、5分野(アルミニウム、セメント、電力、肥料、鉄鋼)の対象HSコード品目(CBAM産品)を輸入する者は、23年1月以降は輸入したCBAM産品の含有排出量などを四半期ごとに報告し(CBAM報告)、26年1月以降は、輸入実績に基づくCBAM証書の購入と申告・納付(CBAM申告)が必要となる。つまり輸入者にとっては、一連の報告義務と申告・納付義務が、新たな輸入障壁となる可能性があるのだ。

欧州議会は大幅な修正案を審議中

CBAM規則案は、現在EU理事会と欧州議会で審議しており、双方案の一致が法案成立の大前提となる。前述の通り、EU理事会はCBAM規則案に合意したが、欧州議会は傘下の環境・公衆衛生・食品安全委員会(ENVI)が中心となって、修正案を取りまとめ中だ。気候変動対策に取り組む世界的NPOのERCSTによれば、当該修正案には、CBAM産品の拡大や導入時期の前倒し、EU-ETS(域内排出量取引制度)の無償排出枠の早期撤廃などの、大幅な修正事項が盛り込まれており(表1参照)、6月をめどに欧州議会としての最終案を採決する見込みだ。

欧州議会案で特に影響が大きいとされるのが、CBAM産品の拡大だ。当初の規則案を大幅に変更し、有機化学(HSコード:29類)、水素(28類)、ポリマー(39類)などを追加提示している。外務省の資料によれば、日本からEU向けの輸出品のうち、有機化学品やプラスチックは輸出額ベースで上位を占めており、これらがCBAM産品となれば、その影響は格段に大きくなるであろう。

日本企業は積極的に意見表明を行なっていくべき

そもそも、CBAM規則案は解決すべき多数の問題を抱えている。その筆頭は、多くの有識者が指摘する通り、WTO協定との整合性につき国際合意が得られていない点だ(表2参照)。日本でも2010年に財務省2021年には経産省が、有識者研究会を主催して議論を重ねたが、現時点で最終解釈に至っていない。また、CBAMは国境調整措置のためEU内で完結せず、貿易相手国・地域との関係で成立するものである。それにも関わらず、G7やG20、OECD、WTOなどの多国間フォーラムで議論が尽くされていないとの指摘も多い。このままでは、CBAMに明確に反対する中国や、主導権を握っていない米国などとの貿易紛争を誘発しかねない状況だ。

これらの課題についてはEU内外から多くの提言書が出ているが、日本の業界団体からも、21年4月22日にJBCE(在欧日系ビジネス協議会)が日本化学工業協会などと共同提言を発出し、前述の論点に加えて化学品の排出量計算の煩雑性について指摘するなど、慎重な議論を促している。日本企業としては、欧州議会やEU理事会での審議動向とCBAM規則案の修正内容を注視しつつ、政府や国内外の主要業界団体を通じ、積極的な意見表明を行なっていく必要がある。

この記事の初出は (株) 旭リサーチセンター Watchingリポートに掲載されたものです。
この記事は (株) 旭リサーチセンターの 田中雄作 が執筆したものです。

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