循環型電池産業に先手を打つ欧州

2021.05.28

業界情報

欧州の研究機関が、電池リサイクルによる環境フットプリントの低減を発表

2021年1月19日から21日にかけて、車載用電池の国際会議(AABC Europe)が開催された。主に欧州の企業や研究機関が登壇し、LIBのリサイクルの発表が15件に上るなか、「リサイクルで炭素フットプリントや資源枯渇の影響を減らす」との報告が相次いだ。

電池材料や部品の再資源化と再利用を繰り返すことで、初回製造時に発生するCO2排出や資源消費を償却できるためだ。例えば、正極活物質の製造に利用されるエネルギーは非常に大きく、リサイクルによる償却効果が特に顕著である。

欧州委員会が、循環経済型の電池産業に移行するための法案を発表

20年12月10日、「電池と廃電池に関するEU指令の改正案」(以下、法案)が欧州委員会から発表された。経済成長と資源消費とを切り離し、2050年までに、温室効果ガスの排出をゼロとするためには、自動車・運輸の電動化や電力系統のエネルギー貯蔵の拡充が必須である。持続可能な電池産業を構築するにあたり、大規模な電池製造拠点の建設のみでは不十分であり、リサイクル市場にも投資し、原材料の供給リスクを軽減させ、EU域内で完結できる循環経済型の移行が必要だ。法案は、この目的を達成するために提案された。

19年6月から20年5月に掛けて法案に関する公開討議が行われ、電池産業と市民の代表が表明したニーズ(投資の確実性、公平な競争、再資源化の効率)と懸念(持続可能な調達、循環型バリューチェーンの構築)が調整された。続く、9月には、欧州規制審査委員会の肯定的勧告を得て、詳細が定められた。現行の指令からの段階的な改正であるが、これほどの短期間で提案に至った背景には、国際的な非営利団体である世界経済フォーラムと欧州の電池業界団体であるRECHARGEの協働による、ロビーイング活動の存在がある。

法案は、79の条文と14の別紙からなる。電池の性能・寿命・安全性に関する遵守事項だけでなく、ライフサイクルでの持続可能性、電池部材の原料回収率、原材料の環境的・社会的インパクトの配慮義務、さらに、電池製品の各種情報のデジタル登録と認証機能の項目が追加されたことが特徴的である。

法案では、炭素フットプリントや原料回収率の目標値を設定

持続可能性について、電池製造者が達成すべき炭素フットプリントの目標値が設定される。24年7月から、製造者による数値開示が求められ、26年1月から、その性能区分が設定され、27年7月以降には、上市の際の上限値が設定される。一方、電池リサイクル業者に対しては、安全な処理作業が要求され、さらには、リサイクル率や原料回収率などの処理能力が規定され、30年1月までに段階的に引き上げられる。

法案では、原材料・部材・部品の調達、電池組立、製品流通、利用後の回収・解体・リサイクルまでがライフサイクルと定義されている(使い捨てではない)。さらに、ライフサイクル全体での充放電で供給される電気的エネルギーの総量を電池が提供する機能単位として、また、同じ過程で排出されるCO2の総量を炭素フットプリントとして定量的に比較する。フットプリント値の算出には、電池の正極・負極・電解質・セパレーター・ケース由来のインベントリーが用いられ、製造工場や電池設計毎に固有の数値の使用が義務付けられる。

Battery Passportへの情報登録、環境的・社会的インパクトの配慮も義務化

欧州委員会が構築するデジタル基盤上に、電池のバリューチェーンに関与する事業者が、電池製品の属性情報を登録する仕組みも制度化される。さらに、市場流通する個々の電池に電子記録と識別子を付与し、デジタル基盤とリンクさせる。

「Battery Passport」と呼ばれる、これらの仕組みは、欧州委員会が26年1月までに完成させ、登録情報へのアクセスや公開のルールも定められる。例えば、正極・負極・電解液の詳細構成、炭素フットプリント、調達に関する社会的責任、リサイクル原料の含有量、サイクル寿命などは全ての利用者に一般公開される。また、リサイクル事業者の処理作業時の安全確保のために、電池部材、交換部品、分解手順、安全対策に関する情報も限定的に公開される。

電動車両用と電力貯蔵用の大型電池を市場投入する事業者には、活物質原料の調達先における環境的・社会的インパクトの配慮が義務付けられる。具体的には、OECDが勧告する「責任ある企業行動のためのデューデリジェンス」に記載される、大気・水・土壌・生物的多様性、労働者の健康・安全衛生・権利・人権、および、地域社会への配慮である。また、電池の調達事業者には、環境的影響を最小限とするためのグリーン調達が求められる。

エネルギー

循環経済型の事業を世界で展開する、欧州企業

法案発表の同日、ドイツの化学企業であるBASFが、循環型経済の推進に資する開発戦略をオンライン発表した。Brudermüller会長が説明する取り組みの一つが、湿式精錬法によるLIBのリサイクルだ。現在、ドイツとフィンランドに正極材料工場を建設中の同社は、世界経済フォーラムのロビーイング活動の主体でもある。法案への対応を事前に進めており、開発中のリサイクル処理設備を工場に設置し、製造時のCO2排出量(13~15kgCO2e/kg)を半減する。さらに、同様の製造拠点をフランス・米国・日本にも建設し、持続可能な正極材事業を「欧州企業として」世界各地で展開する計画である。

リサイクルによる環境フットプリントの償却、環境的・社会的影響への配慮、デジタル基盤への製品情報の登録と認証は、EUが進める「新循環経済行動計画」の中核である。いずれも、循環型経済のループを最適化するための要諦であり、今回の法案は他の産業の試金石であり、雛形ともなるだろう。

この記事の初出は (株) 旭リサーチセンター Watchingリポートに掲載されたものです。
この記事は (株) 旭リサーチセンターの酒向謙太朗が執筆したものです。

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