高精度な破壊荷重予測を実現するCAE技術開発

2025.06.17

Compact Tension (CT)試験中の藤田氏

技術・製品紹介

はじめに

旭化成では、金属部品の樹脂化提案に向け、CAEを活用した高精度な部品設計技術を推進しています。CAE解析時に破壊力学パラメータを導入することで、従来技術では予測誤差の大きい樹脂部品の破壊荷重(最大荷重)を、より正確に予測することに成功しています。これにより軽量化、信頼性向上などが期待されます。本技術においてインペリアル・カレッジ・ロンドン(英)と共同研究を行っており、継続的な新規技術開発にも取り組んでいます。以下に取組みの一部をご紹介します。

Compact Tension (CT)試験中の藤田氏

共同研究風景

破壊力学とは

破壊力学は、破壊現象を定量的に取り扱う工学的手法です。機械構造物に微小き裂状欠陥が存在する場合に,その機械構造物の破壊強度を定量的に取り扱います。これらを議論する指標の1つとして破壊靭性があり、材料が壊れる前にどれだけのエネルギーを吸収できるかを示します。本研究では、破壊靭性パラメータの1つである「エネルギー開放率」に着目しています。
※出典:日本機械学会 機械工学辞典

破壊力学パラメータの評価

―― 短繊維強化樹脂の特徴: 繊維配向と異方性

本研究では射出成形にて作製した平板を用いています。繊維強化樹脂は、繊維強化材の向きが一定方向に揃うことから、方向によってその材料特性が変化します(異方性)。この異方性についての詳細は、「連載第9回:繊維強化樹脂における配向」にて解説しています。

図1 射出成形で作製した平板(a), 断面画像(b), スキン層の拡大(c), コア層の拡大(d) ※出典:論文①②図1 射出成形で作製した平板(a), 断面画像(b), スキン層の拡大(c), コア層の拡大(d) ※出典:論文①②

―― エネルギー開放率の評価

図2に示すような形状の試験片を、射出成形で作製した平板から角度別に切り出し、Compact Tension (CT)試験と呼ばれる手法でエネルギー開放率を評価します。この時、図3のように2つの穴に通した金属ピンを変位させることで、ノッチ先端から徐々に亀裂を進展させます。

図2 異なる角度で切り出したCT試験片画像 ※出典:論文①図2 異なる角度で切り出したCT試験片画像 ※出典:論文①

図3 DICを用いたCT試験の様子図3 DICを用いたCT試験の様子

得られた試験結果をR曲線と呼ばれるデータに変換し、その材料のエネルギー開放率として用いています。エネルギー開放率の値は異方性の影響だけではなく、温度・吸水状態によっても変化します。この値が大きいほどより大きなエネルギーを吸収でき、材料が壊れにくいことを示します。データ変換方法などの詳細は引用論文①内に掲載しております。

図4 材料のR曲線と角度別エネルギー開放率のまとめ ※出典:論文①図4 材料のR曲線と角度別エネルギー開放率のまとめ ※出典:論文①

―― 繊維配向がエネルギー開放率に与える影響

以下にCT試験後の破断面のSEM画像を示します。0°方向では繊維破壊および母材の延伸が見られますが、繊維の配向角度が大きくなるにつれて母材のせん断、および引張破壊に移行している様子が見られます。この繊維配向による破壊メカニズムの変化が、破壊靭性値にも影響していると考えています。

図5 異なる角度によるCT試験後の破断面SEM画像 ※出典:論文①図5 異なる角度によるCT試験後の破断面SEM画像 ※出典:論文①

CAE解析事例

―― CT試験の再現CAE解析

エネルギー開放率の評価を行ったCT試験の再現CAE解析事例を示します。破壊判定用の物性値として、実験で得られたエネルギー開放率を入力しています。最大荷重およびその後の荷重減少を非常によく再現できていることが確認できます。

図6 CT試験の再現解析事例 ※出典:論文①図6 CT試験の再現解析事例 ※出典:論文①

―― 簡易部品形状での検証

簡易部品形状のサンプルを成形し、準静的破壊試験およびCAEによる破壊荷重予測を行った事例を示します。一般的な破壊判定基準(例ではTsai-Hill破壊基準:FEA(TH))を用いた場合では約20%の予測誤差があるのに対し、エネルギー開放率を基準とした破壊判定(FEA(CZM))においては破壊荷重の予測誤差3%以内を達成しています。

図7 簡易部品形状とその破壊箇所、およびCAE解析による破壊荷重予測結果 ※出典:論文②図7 簡易部品形状とその破壊箇所、およびCAE解析による破壊荷重予測結果 ※出典:論文②

関連論文・学会発表

本研究では以下に記載した論文発表、学会発表を実施しており、継続的に学術分野への貢献も行っております。

―― 論文

① “Initiation and propagation fracture toughness of injection-moulded short fibre composites under different environmental conditions” (2023) (https://doi.org/10.1016/j.compscitech.2022.109891)
著者:藤田雄紀1,2,3, 野田聡1, 高橋順一2, Emile S. Greenhalgh3, Soraia Pimenta3,
② “Predicting failure in injection-moulded short-fibre subcomponents under varied environmental conditions through fracture mechanics” (2024) (https://doi.org/10.1016/j.compositesb.2024.111343)
著者:藤田雄紀1,2.3, 野田聡1, 高橋順一2, Emile S. Greenhalgh3, Soraia Pimenta3,

所属:
1. 旭化成株式会社 サステナブルポリマー研究所 CAE技術開発部  
2. 旭化成株式会社 生産技術本部 CAE技術部
3. インペリアル・カレッジ・ロンドン
4. インペリアル・カレッジ・ロンドン

―― 学会発表

・International Conference on Composite Testing and Model Identification (2021)
・European Conference on Composite Materials (2022)
・Materials Tech Day (2023)
・International Conference on Composite Materials (2023)
・ECCOMAS COMPOSITES 2023 (2023)
・Japanese Conference on Composite Materials (2024) ※最優秀講演賞受賞
・European Conference on Composite Materials (2024)
・Japanese Conference on Composite Materials (2025)

執筆者紹介

藤田さん紹介
藤田 雄紀(ふじた ゆうき)
・インペリアル・カレッジ・ロンドン(ICL, 英)の機械工学科にて博士号を取得。
・高分子および複合材料の破壊力学が専門分野であり、現在もICL客員研究員を務める。
・破壊力学ベースの実験評価(亀裂進展/接着・剥離)とその構造解析(CAE)や、デジタル画像相関法(DIC)などを用いた可視化技術を得意とする。
・生産技術本部(川崎) CAE技術部に所属。国内外の学会等で継続的に研究成果報告、論文執筆を行っている。

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関連情報

バッテリーケース

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48Vマイルドハイブリッド車のバッテリーケースの樹脂化。
落下衝撃試験合格のために、樹脂CAEシミュレーションによる形状提案と高い機械強度を備えるレオナSGシリーズを組み合わせた事例。

https://www.asahi-kasei-plastics.com/wp-content/uploads/2023/11/battery-case.jpg

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製品名・グレード

SG105, SG106

特徴

  • 強度・剛性
  • 耐衝撃性(樹脂CAEシミュレーションによる形状提案含む)
  • 良外観
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