2022年のテクノロジーフロンティア

2022.06.09

業界コラム

技術トレンド予測調査のレビュー

2021年6月11日から22年3月3日にかけて、22年以降に進展する技術トレンドに関する予測調査が複数の機関から発表された。各々の調査範囲には技術領域が特定されたものもあるが、共通して予測がなされている技術も見られる。
本稿では、学術論文誌(Nature, MIT Technology Review, Plain Concept)、ビジネスコンサルタント(Deloitte, KPMG, McKinsey)、一般企業(Gartner, IBM)、NPO(World Economic Forum)が公表した、計10件の調査資料に記載された102件の技術についてサーベイを行い、デジタルトランスフォーメーション(DX)、医療・医薬、クリーンテクノロジー・材料技術の3つの領域に分類の上、メタ分析的なレビューを試みる(末尾に一覧表を記載)。

自動化されたAIが新たな価値を提供し、量子計算が最適化問題を瞬時に解く

本調査で最も検出頻度が高かった技術領域は、DXであった(計76件)。このなかでも、AIに関する技術が約1/3を占め(21件)、既存の応用例の高度化(画像・言語・音声処理)、新たな応用例(創造性のあるAI、意思決定のためのAIなど)だけでなく、現状の限界を一歩越えた技術(感情に関する計算)の進展が予測されている。また、AIのアプリケーション実装技術の開発をさらに加速するための基盤や自動化の整備だけでなく、AIにまつわる倫理やガバナンスを統制するための技術も上位に挙がっていることが興味深い。
DXの技術領域では、クラウド利用(9件)、情報技術の民主化(9件)、量子コンピューティング(8件)、サイバーセキュリティー(7件)、ブロックチェーン(6件)がAIに続く。クラウド利用については、企業の業務における活用がさらに進むべきであり、そのために、アプリケーションをクラウドの計算資源に最適化されたものに代替する、または、組織および業務自体をクラウドに適する姿に改変すべきことを多くの機関が提案する。
情報技術の民主化には、企業や組織単位でデータを囲い込むのではなく、例えば、サプライチェーンを横断して広く情報を共有化することで、AIによるサービスが高度化することを狙いとするデータファブリックが挙げられている。また、ローコード・ノーコードのプログラミング手法が一般化し、専門知識を持たずとも、高度なアプリを開発できる環境が整うであろうことも示唆されている。いずれも、企業がAIとクラウド環境を最大限に生かすことが想定されている。
これらの状況に呼応すべく、サイバーセキュリティーに関する技術も大いに進むことが示唆されている。クラウドとセキュリティの戦略をより意図的に統合した企業は、収益の伸びと収益性の両面で、他社を2倍以上上回る業績を上げていると、IBMは指摘する。
量子コンピューティングは、「もつれ」と呼ばれる量子力学的現象で結合された量子ビットを計算素子として用いることで、最適化問題を高速に解く技術である。フランスのCRNS研究所や米国のHarvard大学は、光ピンセットを用いて無電荷の原子を三次元的に配列し、数百量子ビットの素子とする技術を見出した。このような量子計算機の普及は10年後であるが、先行して量子シミュレーターが数年以内に販売される。量子コンピューティングには、材料や医薬品の開発、物流や交通網の最適化、暗号セキュリティなどでの利用が期待されており、35年までに1兆ドル以上の利用価値を生む、とMcKinseyは予測する。
ブロックチェーンは既に仮想通貨やNFTで実用化が進められているが、分散型台帳を計算するための消費電力が極めて大きいことが課題である。これに対して、ブロックチェーンプラットフォームの大手であるEthereumが22年内に導入をするProof-of-Stake技術によれば、消費電力を99.95%削減でき、CO2排出量削減にも大きく貢献するとされる。
企業は、メタバースの動向にも注視すべきであると、KPMGは指摘する。当面は、エンターテインメントで利用先が拡大するが、いずれは、暗号資産や、その取引の場となることが予想され、企業はメタバースの実験的な利用に投資すべきである、とMcKinseyは提案する。

ゲノムと蛋白質の科学が難病の謎を解き、新たなウイルスを即座に検出する

医療・医薬領域については、遺伝子科学とゲノム医療に関する技術予測が最も多く(8件)、分子生物学や蛋白質の構造解析といったライフサイエンスの基礎技術が、これに続いた(6件)。
遺伝子科学については、ロングシードシーケンスと呼ばれる手段が進展し、NDA配列解析の速度向上とコスト削減が画期的に進展する、とNatureは述べる。19年に活動を開始したテロメア・トゥ・テロメアコンソーシアムは、わずか2年でヒトゲノム配列の解析結果を報告した。今後は、数百名のドナー提供者のサンプルを解析し、ヒトの代表的なマップ作成に進む。また、10年以内には脊椎動物の完全配列分析が日常的に行われる、とも述べる。また、米国では、COVID-19の変異株発生のモニターのために、100本のPCR検査検体のうち1本がDNA配列検査に供されているが、未知のウイルスの発見も高速分析法の用途である。
20年のノーベル賞の授与対象となったCRISPR技術は、合成生物学的の基本手段となっただけでなく、遺伝子治療(Cas9によるプライム編集)やウイルス診断(Cas13による蛍光法)といった臨床医療にも活用される見通しである。
蛋白質の構造解析には、Alphabetの傘下DeepMindのAlphaFold2が極めて大きな武器となった。21年の成果公開以来、AlphaFold2は、ヒトにおいて発現する全ての蛋白質の構造を決定した。一方、低温の透過型電子顕微鏡による直接観察法やCT解析法によって、蛋白質の姿を自然な状態で捉えることができるようになった。当初はAlphaFold2に懐疑的であった研究者も、現在では、実験的手法による補完によって計算モデルがデータ解析や役立つと考えている。なお、DeepMindは、がん、抗生物質耐性、Covid-19の研究にもAlphaFold2の活用を始めており、23年のうちには1億件以上の蛋白質の構造解析を追加する予定である。

安価でクリーンなエネルギー技術が脱炭素社会の基盤となる

クリーンテクノロジーについては、既に多くの企業が着手している技術が挙げられた(6件)。カーボンフリーのメタンガスや再エネ由来のグリーンアンモニアを用いた動力機関によって輸送手段を低炭素化する技術が望まれる。再エネ発電が接続された系統電力の安定化には、安価で長寿命な定置用蓄電池の大量生産が必要である。例えば、リン酸鉄系活物質をセミドライ方式で塗工して電極板を調整する技術が世界の3社で実用化検討されているが、これは、ベンチャー企業24Mが開発した独創的な方法であり、LIBの製造コストのボトルネックである材料費と設備運転費のコストダウンを実現できる。また、窒素固定バクテリアを穀物と共生できれば、窒素肥料の合成に伴う世界のCO2排出量の1~2%を削減できる。30年代までに、空気中からCO2を工学的に除去する技術は100から150ドル/tCO2の範囲にまで削減され、50年には、世界のエネルギー需要の75%以上が再エネで供給される、とMIT Technology ReviewとMcKinseyは予測する。
21年9月、核融合発電の開発を目指す、米国のベンチャー企業Commonwealth Fusion Systemsが、20テスラを超える世界最強の電磁石の動作確認に成功した。磁場の強さが2倍になれば、重水素とトリチウムが核融合反応を生ずるプラズマ体積は1/16となる。同社、および、その投資家は、30年代初頭には核融合による電力を系統に供給することを計画している。
材料技術については、3Dプリンティング後の成形品が時間と共に形状が変化する4Dプリンティングや、材料が用いられる環境変化に応じて特性が変化する刺激応答性材料が挙げられている。また、コンクリート、砂、プラスチックなどの材料を大型の3Dプリンターに投入して住宅を印刷する技術は、比較的簡単で低コストの建設方法であり、持続可能性に寄与する、とWEFは報告する。08年から18年にかけて、次世代材料の特許出願数は10倍となっており、今後も成長が見込まれると、McKinseyは評価する。

不確定な時代における人財の重要性

本調査の引用元のうち、3つの報告書に人財の重要性が言及されている。
目下、「大辞職」が加速しており、このままでは熟練した人財の不足によって30年までに世界中で8,500万人以上の雇用が失われ、8兆5,000億ドルの機会損失が発生する可能性がある(IBM)。技術系人財に対する需要は供給量を上回っており、企業は、報酬のみを唯一のモチベーションとして人財を確保できない。高度なスキルを持つ人財は、企業の持つ、組織文化・ESG戦略・イノベーション技術とトレーニング機会への投資に期待してモチベーションを高める傾向がある。技術者としての明確キャリアパスを明示することで、既存人財のスキルアップと若手人財の獲得を続けることが、組織の既成概念に捉われず、企業が市場課題に対する誠実な挑戦を続けるために必須である(KPMG)。即ち、技術の進歩は、優秀な人財に始まり、優秀な人財に終わる(McKinsey)。
不確定な時代であるからこそ、テクノロジーのフロンティアを追い続ける人財が新しい時代を切り拓く。

表:2022年以降に進展が予測される技術

この記事の初出は (株) 旭リサーチセンター Watchingリポートに掲載されたものです。
この記事は (株) 旭リサーチセンターの 酒向謙太朗 が執筆したものです。

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